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富山大学医学部長 北島 勲先生

進路の決め方

Q1.富山大学医学部の特徴についてお聞かせください。

富山大学医学部は新設医学部設立が盛んに行われていた時代に富山医科薬科大学が設立されたことがその起源です。富山大学医学部の特徴として西洋医学と東洋医学を融合した人材育成の伝統があります。特に漢方などの和漢診療学の講座を設置し1年生から6年生まで一貫して学修できることが大きな特徴と言えます。また、薬学部との連携の伝統も特徴です。今でも薬学部のキャンパスと医学部のキャンパスは同じ建物の中で廊下続きで繋がっており、交流も盛んに行われています。医学部と薬学部の合同授業も行われているほか、クラブ活動などの課外活動も医学部の学生と薬学部の学生が共同で行っています。
また、和漢医薬学総合研究所が設置されていることから、アジア地域、特に中国やベトナム、インドネシアなどの国々から多くの留学生を受け入れています。基礎医学の教室では留学生も交えながら英語でのコミュニケーションが必要になっていますし、海外学生同士での交流なども行われています。多くの留学生を受け入れることで、多様性のある、国際色豊かな環境を作っていければと考えています。
入学試験においては、地域枠入試や特別入試などの制度をいち早く導入しました。富山県が関東、東海、関西のそれぞれの地域から等距離にあるという地理的な条件から、全国各地から学生が集まってくるという特徴を持つ反面、北陸地方、特に富山県の地域医療を担う人材の育成が難しく、卒業後は地元に戻っていってしまうことが長年の課題でした。そこで、富山大学の特徴でもある多様性は維持しながらも、地域の医療を支える人材を育成するため、様々な入試制度で学生を採用しています。
しかし、最終的に富山に残って地域医療を支えてくれるかどうかは、学生時代に地域とどれだけ関わり、どれだけ地域の現状について知ることができるのかということにかかってくると考えています。雪深い山村で医療が十分に提供されていない環境の中で生活している人々の医療ニーズの生の声を聞くことが地域で活躍する人材を育成する上で重要なのではないか考えています。また、地域枠入試や特別入試などで採用した学生に適切な研修環境を用意し、しっかりしたキャリアプランを提示することも重要ではないかと思います。学生を地域に縛り付け、身動きを取れなくするマイマスのイメージではなく、地域医療を担う定められた時期であっても最先端の医療を学ぶことのできる病院への研修を一定期間許可したり、研究志望の学生に対しては大学院への進学、海外への留学を認めたりするなど、新専門医制度に対応した柔軟でかつ長い目で見た人材育成がこれからの大きな課題であると考えています。

富山大学医学部

Q2.富山大学医学部の教育の特色についてお聞かせください。

医学教育の国際化に対応すべく分野別認証評価を2年前に受審しました。今後は新コア・カリキュラムに加えて本学の独自性を打ち出した教育を行うことができるかどうかという点が課題であると思います。大学統合に伴って教養課程を見直し、1年生は来年度から本学の五福キャンパスで教養課程の講義を受講することになりました。また、73週に増えた臨床実習も来年度から本格的に実施する見通しです。また、医師国家試験の出題傾向も変化してきており、詳細な知識を問う問題が少なくなり、臨床医療現場に必要な事項や事例が問題として多く出題されるようになりました。臨床実習期間のうちに、現在の初期臨床研修期間に学んでいる基本的な内容や医療安全にかかわる事項は学生時代に十分経験しておく必要があるのではないかと考えています。将来的には、初期研修医期間が圧縮され、専門医の資格を今よりも早く取得できるように制度が変わっていく可能性もあります。
座学に関しては、臨床実習期間の増加に伴って講義時間が短くなってしまうため、学生への自学自習を促す取り組みを進めていくつもりです。本学ではイノベーションセンター内に学生がスモールグループで学習できる部屋を設けるなど、アクティブラーニングカリキュラムを推進していきたいと考えています。特にITの利用も含めて、学生が学習しやすく教員ともコミュケーションを取りやすい環境を整えています。現在の学生は以前よりも修得すべき量が多く、自由な時間は少ないですが、効率よく知識を身につけるために、能動的な学習に是非取り組んでほしいと考えています。
学生へのサポートも非常に充実しています。本学医学部には「縦割り」という制度があり、各学年2、3人の学生を一年生から六年生まで集まってグループを作り、2、3人の教員が担当し学修や生活、悩みなどの6年間一貫して面倒を見るという仕組みになっています。学生と教員は年に数回懇親会を開いたり、教員が自宅に招いたりしながらコミュニケーションを図り、学生をサポートしています。この制度には全教員が参加することになっており私も毎年自宅で学生と一緒にクリスマスパーティーを開催しています。本学は北海道から鹿児島まで全国からの教授が集まり、自由な雰囲気が大学内にあふれていることで、みんなで学生をサポートしていく校風が生まれているのだと思います。
また、特に女子学生や身体に障害のある学生へのサポートも充実しています。本学は年度にもよりますが女子学生の割合が高く、男子と女子の割合が半々であることもあります。富山大学医学部は、在学中、研修中に結婚、出産をする女子学生についても大学に隣接する保育所が利用できるなど配慮をしています。身体に障害のある学生が入学してきた場合も、車椅子で不自由なく6年間学修できるように配慮しており、バリアフリー環境の整備や、解剖台、実験台の高さの改善など様々な対応を行ってきました。様々な学生が互いに助け合いながら学ぶことのできる環境は富山大学医学部の大きな特徴の一つです。

富山大学医学部

Q3.先生ご自身のことについてお聞かせください。

私は高知県出身で、私立土佐中学・高等学校卒業です。土佐は中高一貫校で、優秀な同級生はたくさんおりましたが、あまり宿題などが課されることもなく、自由な校風でした。高校三年生の時に同級生が多数甲子園に出場したため、受験勉強そっちのけで甲子園応援に行ったことは今でも思い出に残っています。父が高知県の山奥の診療所で医師として働いていた姿を見ていた影響が大きく、私も幼い頃から医師を志していました。父は高知市内から山奥の診療所まで自宅から車で通っていましたので、朝5時前には家を出て、帰宅するのは夜8時過ぎでした。そんな父に憧れて私も地域医療に携わりたいと思うようになりました。当時鹿児島での五つ子出産のニュースを見て、東京や京都の大学でなくとも質の高い医療が地方で提供されていることに感動し、鹿児島大学医学部を志すようになりました。当時は一期校、二期校を選んで受験する制度の時代でしたので、センター入試のような統一試験がなかったため、いきたい大学を早く選んでその大学の対策をすればよいので志望校を早く決めたのが現役で入れた勝因だったかと思います。
鹿児島大学医学部に入学後は地域医療について勉強するため離島医療のフィールドワークをするサークルに所属していて、吐噶喇列島「口ノ島」という村に6年間通って健診の手伝いや住民健康調査などをしていました。大学卒業後は鹿児島大学医学部第3内科に入局しましたが、そこで出会った井形昭弘教授に大きな影響を受けました。先生はなんでも好きなことをやらせてくれ、自分の希望する研究テーマや勉強に行くことも許してくれる恩師でした。私が成人T細胞白血病ウイルス感染で白血病ではなくリウマチ様の関節炎を引き起こした患者に出会い、その病因を明らかにしたいと思い、研究を発展させるために臨床を離れ、東京女子医科大学やアメリカの研究所での研究を希望しました。そのため、3~4年大学から離れたいという願いも快く許してくれました。その後、研究がひと段落して鹿児島に戻った後は、学生の教育に深く携わることになり、鹿児島大学のコア・カリキュラムとチュートリアル教育導入に関与する機会を得ました。その後、鹿児島大学での上司(丸山征郎教授)が漢方医学の専門で富山大学医学部と交流があったことなど、縁があって富山大学医学部に2000年に赴任しました。富山に来てからも、長い間実務で培った経験を生かして、富山大学においても教務委員長、医学科長、卒後研修センター長や保健管理センター長等歴任してカリキュラム改訂や学生のカウンセリング環境の整備などを行ってきました。

富山大学医学部

Q4.富山大学医学部を目指す受験生にメッセージをお願いいたします。

受験生には是非ゴールをどこに定めるかについて深く考えて受験してほしいと思います。皆さんのゴールは医学部に入ることでも医師免許を取得することでもありません。医師として真摯に患者と向き合う時期、医学研究に真っ向から取り組む時期、さらにその後は後進の育成にあたる時期など、長い目で見たキャリアパスが非常に重要です。医学は人間学であり、人との付き合いが非常に大切な学問です。そのためにも、教養を身につけ、音楽、芸術、スポーツなど多彩な趣味を持ってください。いろいろなことに挑戦したいと考える意欲のある学生に是非受験してほしいと考えています。

関連リンク 富山大学ホームページ

きたじまいさお
北島 勲先生 略歴

学歴
昭和57年3月 鹿児島大学医学部卒業

学位
平成2年11月 医学博士(鹿児島大学)

職歴
昭和57年 6月 鹿児島大学医学部附属病院医員(研修医)
昭和59年 1月 鹿児島市立病院臨床研修医
昭和59年 4月 鹿児島大学医学部附属病院医員(研修医)
昭和59年 6月 鹿児島大学医学部附属病院医員
昭和59年 7月 大分県立病院医師
昭和61年 7月 鹿児島大学医学部附属病院医員
昭和61年11月 大勝病院医師
昭和62年 7月 国立療養所南九州病院医師
平成 元年 7月 学校法人東京女子医科大学附属リウマチ・痛風センター助手
平成 2年 9月 鹿児島大学医学部助手
平成 6年 1月 鹿児島大学医学部助教授
平成12年 9月 富山医科薬科大学医学部教授
平成17年10月 富山大学医学部教授
平成18年 4月 富山大学大学院医学薬学研究部(医学)教授
平成21年11月 富山大学医学部医学科長(平成23年10月まで)
平成24年 4月 富山大学保健管理センター杉谷支所長(平成28年3月まで)
平成25年4月 富山大学附属病院副病院長(平成27年3月まで)
平成27年4月 富山大学附属病院検査・輸血細胞治療部長(併任)
平成27年11月 富山大学医学部長
現在に至る

専門分野
病態検査学