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山形大学医学部長 山下英俊先生

医学部進路の決め方

Q1.山形大学医学部の特徴についてお聞かせください。

山形大学医学部は、地域に密着しつつ、広い視野を持って日本の医療を担うことのできる人材の育成を目標に、教育、臨床、研究を行っています。重粒子を用いた臨床、研究などの分野において高い技術、知見を備えた専門家を養成するに加えて、救急救命やがん治療などにおいては協力関係を構築して連帯を結ぶことで、限られた人材の中で地域医療を支えていくシステムを構築しています。特にガンの治療に関しては、東北地方の拠点をつなぐ情報共有ネットワークを山形大学が中心となって構築した実績があります。このネットワークは、東日本大地震の際にも、被災地における医療支援などのニーズを的確に把握する際に大きな役割を果たしました。震災後の医師不足に対して、被災地からの需要を受けて山形大学がオーガナイザーの役割を果たし、全国の大学病院から人員を派遣し、配置して対応しました。このようなネットワークを整備できたことは、山形大学医学部の大きな功績であると考えています。
山形県内の医療を支える取り組みとしては、「蔵王協議会」(平成14年、当時の山形大学医学部附属病院長が設立)という制度が挙げられると思います。山形県内の医療に関する関連団体を全て集めて、医療に関することを話し合いながら力をあわせて決めていくという取り組みです。限りある人材を活用して広い県内を支えていくために、非常に先進的な取り組みであると考えています。
大学病院内の体制も改革しました。特にがん治療に関して、それぞれの診療科がテリトリーを主張することなく連携関係を作ることで、患者が病院内を移動して治療を受けるのではなく、医師が移動することで医療を受けられる仕組みを作りました。患者が治療を受ける際に、診療科が異なる場合、患者が移動して医療を受けていたのでは、患者の負担が大きくなり、看護師との信頼関係も構築しづらくなってしまいます。これを改革することで、患者の負担を小さくして、治療に専念してもらおうというのが目的です。患者からの評判も大変良いものであると認識しています。
がんの診療に関しては、大学医学部として国内初めてがんセンターを嘉山教授(上記)が設置され、質の高い医療の提供を目指しています。超一流の医師をリーダーに据え、全ての情報を共有して公開することで今までにないレベルの医療を提供できると考えています。具体的には、Cancer treatment boardというシステムを導入しました。患者一人一人のための治療プランを作成し、合同カンファレンスを行うことでスムーズな治療計画を作成した上で臨床に当たっています。全ては患者中心のエゴのない臨床医療を提供するためです。作成した計画は常に変更を加えることで、より良い医療を実践することを主眼に置いています。また、このような取り組みは、教育に大きく反映されており、学生に非常に良い影響を与えています。医学生がカンファレンスなどに参加することで、視野の広い医師の育成を図っています。
研究に関しても、重粒子を用いた臨床研究に大きな特徴があります。重粒子の施設は東北地方唯一のものです。東北地方でネットワーク(東北がんネットワーク(嘉山孝正会長))を構築することで、一人でも多くの患者を治療しています。さらに、重粒子施設を小型化した山形大学モデルを作成するべく、研究を行っています。重粒子の施設は設置するために広大な敷地面積が必要なことが弱点となっており、都会の病院には導入が難しいのが現状ですが、山形大学モデルの小型化が成功すれば、国内はもとより、他国への輸出も可能になります。次の時代を見据えながら、国家プロジェクトとして研究が進められています。将来的には、東北地方から新しい技術を発信すると同時に、東北地方が一つの大きながん治療における研究、臨床を拠点になればと考えています。

山形大学医学部

Q2.山形大学医学部の教育に関する特色をお聞かせください。

医学教育に関しては、一つの病気を様々な角度から多角的に教育しています。また、専門医の取得までは県内のたくさんの病院を回りながら様々な環境で研修を行います。専門医の育成に関しても、責任を持って教育に当たっています。これらの教育に関しても「蔵王協議会」の支援を受けています。
医学部生の教育については、合計で74週間におよぶ参加型臨床実習により臨床医学を学ぶスチューデントドクター制度が特徴です。2週間と1ヶ月の異なる期間に分けて実習が行われており、次世代を担う医師を育てるために、病院はもちろん、患者の協力も受けながら教員の医師の実際の診療チームに参加して臨床実習の教育が行われます。多くの症例を実際に見て勉強するためにも、スチューデントドクター制度は大きな役割を果たしています。スチューデントドクター制度は、2009年(平成21年)に全国に先駆けて嘉山孝正医学部長(当時)により設立されましたが、現在では全国全ての医学部での臨床実習として導入されています。1ヶ月の研修の中で、学生の中にも地域の病院で働くというイメージが具体化していき、卒業後は地域医療に携わってもらうことを目指しています。学生の能力に関しては、CBT で知識を、アドバンスドオスキーで技術を担保することで、卒業時点で最低限の知識が身についていることを目標としています。
地方の課題である地域医療に関しても、多くの学生、医師が、ローテーションを採用しての地方医療に前向きです。これは、地方医療を循環型のローテーションにすることで、医師の成長をサポートしながら地方医療を支えていく取り組みです。医師が勉強と臨床を両立できる仕組みを整えることで、多くの学生に山形に残ってもらうことが可能になります。現在でも、山形大学出身者の5~6割が山形に残っていますが、山形県、東北地方のためにも、さらに多くの医師を山形県内で育成していくことができればと考えています。
すでに現場で働いている医師のための、「リフレッシュ医学教育」(嘉山孝正医学部長(当時)により設立)というシステムも整備しています。これは、長く勤務医として活躍してきた医師が開業医として転身を図る際に、専門分野以外ももう一度学び直すことのできる仕組みです。今までのキャリアによって、総合医学教育センターでプログラムを作成したのち、ローテーションで様々な診療科を回りながら必要な知識や技能を習得することが可能です。多くの医師が、医療の現場からリタイアすることなく、自分の能力を発揮することのできるように支援していく考えです。今後は、一度家庭に入った女性医師が、現場に戻る取り組みも支援していきたいと思います。

山形大学医学部

Q3.先生ご自身のことについてお聞かせください。

私は鹿児島県出身です。中学から鹿児島ラサールに通いました。ラサールへ入学したのは父親の影響でした。とりあえず受けてみろと言われて受けたのがきっかけでした。当時の私は全く勉強せず、一度勉強させてみようと受験させたそうです。両親は担任の先生から、落ちた時の慰めの言葉を考えろと言われていたほどでしたが、なんとか合格することができました。高三の時、人生について真面目に考え、医学部を目指すことにしました。ラサールではラサール方式でひたすら勉強しました。テストが多く、テスト慣れを養って受験に挑みました。学校の勉強が忙しく、塾に行く暇もありませんでした。一つ一つ目の前の課題をこなす中で東大に入学したのだと思います。東大の同期には東大で医学部長をしている宮園先生がいます。彼には学生時代からずいぶんお世話になりました。ラサールは医学部進学を目指すものが多く、当時から同級生は医学部にたくさん進学していました。当時から医師の子弟が多かったこともあると思います。私の父は医師ではなく、高校の先生をしていました。鹿児島は居心地が良いが、そこにとどまらず外に出てひと勝負してこいという気風があります。中高のころは部活などではなく読書が趣味でしたが、東大入学後にボート部に入部しました。ボート部は同級生にそそのかされて入部した様なものでしたが、忙しい合間を縫ってボートに励みました。
研究室も生化学や生理は面白いと思っていましたが、三島先生という眼科の先生の知識、見識に圧倒され、あの先生のもとで学びたいと思い、三島先生の研究室に入りました。目という器官を光学的、細胞生物的両面から講義してくれたことがきっかけでした。三島先生が他の科目の講義をしていたらその科を目指したというほどです。研究は好きなことをしろと言ってくれ、指導してくださいましたが、オリジナリティを重視することを教えてくださいました。世界初にこだわった研究と基礎のしっかりした臨床を両立することを学んだあと、糖尿病関連の疾患などを研究しました。電子顕微鏡の形態学やそれを使った糖尿病網膜症の研究がその後の私のライフワークとなりました。三島先生のとにかくオリジナリティを求める研究姿勢は素晴らしいものでした。当時はアナログ的な人間関係のもとで色々な話を聞くことができ、非常に貴重な経験でした。その後スウェーデンのウプサラ大学のサイトカインで有名なカールヘンリック・ヘルディン先生のもとに留学しました。カールヘンリック・ヘルディン先生は大変素晴らしい研究者で、最先端の知見を得られました。留学中に成果が出るかどうかは運ですが、自信がつきますし人脈も作れます。親日的な国で非常に居心地が良かったことが印象に残っています。
山形大学に赴任したのちは、先ほどから御紹介している嘉山孝正教授との出会いが大きかったと思います。教授としての仕事について丁寧に教えてもらえました。嘉山孝正教授は日本の医学会の中枢にいる方で、山形にいらっしゃり、出会えたことは非常に貴重な経験となりました。自分の視野が広がるという意味で人との出会いは大きいと感じます。三島先生と嘉山先生は私の生涯での大きな二つの出会いです。多面的で多様な価値観を持って生きていかなきゃいけない現代において、信念を持ちつつ柔軟に問題に対処しなければならないとき、優れた指導者に出会うことは非常に大切であると思います。
現在は医学部長としてマネジメントを主に仕事として行う立場にありますが、どんな時にも現場を忘れないことを大切にしています。現場と乖離してフィードバックもできないようではいけません。嘉山先生も定年退職直前まで手術や回診、後進の育成などに忙しくされていました。世界中から仕事が舞い込む中、ものすごい仕事量だったと思います。現在は参与として俯瞰的な立場からアドバイスを頂いています。

Q4.山形大学医学部を目指す受験生にメッセージをお願いいたします。

真摯であることが医師になる上で非常に大切だと思います。医師は生涯勉強です。医学部に入学してから、医学に関することはたくさん教えることができますが、ドラッカーの「マネジメント」にも「真摯であることは教えることができません。」とあります。真面目で自分に負荷をかけながら取り組むことができることが非常に重要だと思います。
また、医師として覚悟を持つことができるかどうかも非常に重要です。患者の命を背負い、なんとかしてあげたいという思いを常に持ち続けることが大切です。医師としてこの気持ちを持ち続けられるパッションやエネルギーを持って欲しいと思います。

関連リンク 山形大学ホームページ

やましたひでとし
山下英俊先生 略歴

学歴
昭和56年 3月31日    東京大学医学部医学科卒業

職歴
昭和56年 6月 1日    東京大学医学部眼科学教室医員(研修医)
昭和57年 4月 1日    東京大学医学部眼科学講座助手
昭和60年 1月16日    国家公務員等共済組合連合会三宿病院及び自衛隊中央病院眼科勤務
昭和62年 1月16日    東京大学医学部眼科学教室講師
平成4年5月20日      スウエーデン、ウプサラ大学へ留学
〜平成6年8月31日

平成 6年 9月 1日    東京大学医学部眼科学教室講師へ復職
平成11年 7月 1日より  山形大学医学部眼科教授
平成15年11月1日     山形大学医学部附属病院長兼務
〜平成22年3月31日

平成22年 4月 1日より  山形大学医学部長兼務
現在に至る。

受賞
平成4年5月8日  平成3年度日本眼科学会学術奨励賞受賞
平成8年      第一回Rohto Award(ロート賞)受賞
平成9年4月28日 平成8年度東京大学医師会医学賞受賞(第11号)
平成19年度    日本眼科学会評議員会賞受賞